土佐ノ海 敏生


概要

学生相撲出身力士です。同志社大学相撲部在学時は全国大会で活躍し、東の尾曽(武双山)、西の山本(土佐ノ海)と並び証され、角界入り前からその素質を買われてたそうです。

その期待に答えるように、幕下付け出し2場所目で全勝優勝、その後も負け越すことのないまま十両筆頭まで昇進。十両昇進をかけた場所では西十両筆頭で14勝1敗というレベルの高い成績で優勝し、翌場所はいきなり前頭7枚目まで番付を上げ、新入幕の初日の場所に大関若乃花、翌日は横綱貴乃花との割が組まれるという異例の待遇を受けました。

新入幕の場所は惜しくも一点負け越しに終わったものの翌場所11勝で敢闘賞、西前頭筆頭に躍進した翌場所も勝ち越し、小結に昇進します。その新小結の場所も勝ち越し大関昇進の期待させましたが、その後はやや失速、平成9年5月場所に西関脇で10勝するもその後はなかなか三役で2桁勝てず、たびたび金星や参照を獲得するものの番付は三役と幕内上位を往復する日々が続きます。その後も長きに渡り幕内で活躍したものの、徐々に馬力は衰えていき、再関脇の2005年3月場所から5場所連続で負け越して十両陥落。このころからばったりと前に落ちるような場面も増えていきます。

その後も十両では安定して実力を発揮していましたが、たまに幕内に戻ると思うように勝てないという場所日々が続きますが、平成22年7月場所に西十両7枚目で8勝7敗と勝ち越すと、八百長問題で力士が大量に引退したこともあって幕内に復帰。しかし幕内復帰場所は2勝13敗という結果に終わると、東十両8枚目まで落ちた翌場所も4勝しかできず、幕下陥落が有力になったため2010年11月場所を限りで引退。年寄立川となりました。

取り口

若いときは頭からぶちかまして一気に相手を粗表際に持ち込む押し相撲中心の取り口でした。下半身の安定感にやや欠けた(というか、下半身が細かった)ために引かれたり叩かれたりするともろい一面もありましたが、馬力は大関級でした。力が衰えた晩年は引き技対策として右四つ、左の上手を引く相撲が増えたほか、自身も引いたり叩いたりを多用するようになりました。見ている側としては少し寂しい気もしたのですが、引き技が決まるのは押しに威力があるからだとも思います。衰え始めると早いと言われる馬力相撲の力士としては、長きにわたり現役を勤めました。

全盛期とその成績

5年間にわたり三役と平幕上位を維持し続けました。

平成9年1月場所 東前1 9勝6敗 殊勲賞、金星2
3月場所 東小結 8勝7敗
5月場所 西関脇 10勝5敗 敢闘賞
7月場所 東関脇 8勝7敗
9月場所 東関脇 5勝10敗
11月場所 西前1 7勝8敗
平成10年1月場所 東前3 5勝10敗
3月場所 東前6 10勝5敗 敢闘賞
5月場所 西前2 4勝11敗
7月場所 東前7 7勝7敗1休
9月場所 東前9 公傷休場
11月場所 東前9 12勝3敗 敢闘賞、金星
平成11年1月場所 西前1 7勝8敗 金星
3月場所 東前2 8勝7敗 金星2
5月場所 東前1 8勝7敗 殊勲賞、金星2
7月場所 東小結 11勝4敗 敢闘賞
9月場所 西関脇 7勝8敗
11月場所 西小結 10勝5敗 殊勲賞
平成12年1月場所 東小結 8勝7敗
3月場所 東小結 8勝7敗
5月場所 東小結 9勝6敗
7月場所 東小結 7勝8敗
9月場所 東前1 5勝10敗
11月場所 東前4 7勝8敗
平成13年1月場所 東前2 5勝10敗
3月場所 西前6 6勝9敗
5月場所 西前8 9勝6敗
7月場所 東前2 8勝7敗
9月場所 東前1 7勝8敗
11月場所 東前4 7勝8敗
平成14年1月場所 東前7 9勝6敗
3月場所 西前1 7勝8敗
5月場所 西前2 8勝7敗
7月場所 西小結 10勝5敗 敢闘賞
9月場所 西関脇 6勝9敗
11月場所 西前1 8勝7敗

対策(全盛期の)

全盛期の馬力は相当なものだったので、出来ることなら早く捕まえたいところですが、下手に差そうとするとおっつけの餌食となります。おっつけの決まらない距離を取って突っ張るか、左右にいなしたりしたい所です。四つに組みとめても左上手を引いて頭をつけると意外と抵抗力を発揮するので、右を返して上手を与えないようにするか、右をおっつけをかいくぐって左を差すかしたいところです。

得意な相手

栃東 16勝18敗と大関相手にほぼ五分に近い成績を残しています。
朝乃若 朝乃若が現役の頃はまだ土佐ノ海の足腰も良かったらしく、朝乃若得意の叩きにも落ちなかったようです。もちろん自力の差があったというの大きいですが。対戦成績は土佐ノ海の7勝0敗。
武双山 最高位では負けていますが、対戦成績は土佐ノ海が18勝17敗とひとつ勝ち越しています。

苦手な相手

垣添 自力で勝るのは土佐ノ海ですが、垣添が台頭してきた頃には土佐ノ海がすでに衰え始めていたため、垣添の早い動きについていけなかったようです。
木村山 同じ重い腰を生かした押し相撲を得意とする力士ですが、やはり足腰の安定性に差があるようです。
黒海 土佐ノ海が衰えてからは黒海の引きはたきがよく決まるようになりました。

上位には善戦し、元大関とも五分に近い対戦成績を残している一方で、明らかに実力で劣る下位力士に取りこぼすことが多かったようです。

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