山に魅せられし者


ここは2000m級の某雪山。強風が吹き荒れ雪が降り注ぎ、人など一人もいなくて当然だと思われる山の中腹付近に、小さな人影が二つあった。

「ふ〜……ナナちゃん、ついてきてる?」
「うん、大丈夫だよ」

二人はアイスクライマー。登山界ではちょっと名の知れた幼き登山家たちだ。難攻不落といわれていたこの悪名高き山を見事制覇した二人は、頂上での記念撮影を終えて下山コースをたどっていた。小さな足跡が山肌に現れては、降り注ぐ雪がすぐにそれをかき消す。万が一遭難してしまったらただではすまないだろうが、二人に焦りは見えない。豊富な経験と優れた観察力から、これ以上天気が悪化することはまずないと踏んでいたからだ。

「今日はだいぶ進んだね」
「そうだね。そろそろ暗くなってくる時間から、気をつけてね」
「そうだね……わっ!」

ポポが濡れた雪に足をとられて大きくしりもちをつく。ナナは慌ててポポのそばに駆け寄って、相棒を抱き起こす。

「ポポくん、大丈夫?」
「あはは、ありがと、転んじゃったよ」
「もう疲れちゃった?工程が半分過ぎたからって油断しちゃダメだよ?」
「うん、わかってるよ……でも、今日はこの辺でテントを張ることにしようか?この辺は雪崩もおきなさそうだし」

ポポが周辺を見渡す。確かにこのあたりは周辺と比べて少しばかり小高くなっているので、雪崩が発生しても巻き込まれる事はなさそうだ。ナナもポポの言葉に納得して、小さくうなずく。ポポはその様子を見て大きく首肯する。

「うんしょ、うんしょ」
「よいしょ、よいしょ」

二人は背負っていたナップザックを下ろすと、積もっている雪を足で押し固め、テントを張る土台を作る。数十分ほど念入りに土地を踏み固めて、十分な強度を確保したあと、二人はなれた手つきでテントを張る。たちまちただの布の塊に過ぎなかったテントが居住空間に生まれ変わり、二人はわずかに達成感を感じた。

「よし、これでOKだね」
「うん」

テントを張り終わると、二人はしばしの休息を取る。それが終わるとポポは次いでテントの中で雪を使って水作りを始め、ナナはテントの周りに風除けのための雪のブロックを作って積む。水作りを済ますとポポはナップザックからコンロを取り出し、数少ない雪山登山の楽しみである食事づくりをはじめる。缶に入ったパンと袋入りのラーメン、それに少々の塩漬け肉というちょっぴり豪華なメニューだ。ポポが鼻歌を歌いながら調理を行っていると、風除けブロックを積み終わったナナがテントに入ってきた。

「ポポ君、風除け作り終わったよ」
「お疲れさま、ナナちゃん。ご飯できるまでちょっと時間があるから、休んでていいよ」
「うん、わかった、ありがと」

ポポに促され、ナナはテントの床に腰をかけると大きくひとつ伸びをし、ナップザックに入れて持って来た文庫本を読むでもなく目を通す。10分もすると食事が出来上がり、二人は向かい合ってディナーに舌鼓をうつ。外では風がぴゅうぴゅうと吹いているが、ナナが積んだ風除けブロックのおかげで二人は強烈な寒さを感じずにすんだ。

「おいしい?」
「うん」

そそくさと食事を済ませた二人は、片づけを終えると明日に備えてシュラフにもぐりこむ。シュラフに入っての語らいの時間は二人にとって何よりの楽しみだ。二人は身を極限まで寄せ合い、他愛もない話に花を咲かせる。他人から見たらこの一見何気ない時間が、二人にとっては宝石のように貴重な時間なのだ。
「寒いねー」
「うん、寒いね」
「明日の午後には、寮に帰れるかな?」
「たぶんね」
「みんなに会えるの、楽しみだね」
「うん、そうだね……ふぁ」
「あ、もう眠くなっちゃった?」
「うん、ちょっとね」
「明日はたぶんお布団で寝れるから、それまで頑張ろうね」
「うん」

二人はスマブラ寮にいる皆の顔を思い出す。もちろん登山は誰に頼まれているわけでもなく、二人が好きでやっていることだが、やはりまだ幼い二人にとって清潔な布団や屋根のある家、なにより寮の友人たちは恋しかった。明日になったらみんなに会える、そんな希望を胸に、いつしか二人は眠りに落ちた。

翌日。二人は多少の荒天にペースを乱されたが、正午ごろには山のふもとに到着した。山の危険からひとまず解放された二人はハイタッチをかわすと、3時間に一本しかないバスを待った。バスは幸運にもすぐに来て、二人はのんびりと走るバスに一時間ほど揺られ、東屋の様な小さな駅に着いた。そこから1時間に1本しかない田舎のローカル線で地方都市の中心駅に向かい、そこからさらに3度ほど電車を乗り換えてスマブラ寮の最寄り駅に到達し、そこからさらに30分ほど歩いてスマブラ寮に戻った。帰ったときには体力自慢の二人もさすがにくたくたで、寮に戻ったときの二人が開口一番に放ったセリフは「ただいま」ではなく「疲れた〜!」だった。

「あら、お帰りなさい、ナナちゃん、ぽぽ君。無事に帰れてよかったわね」
「あ、ぽぽ、お帰り〜!登山楽しかった?」
「ウホーーー!」

寮の皆の歓迎を受け、二人はやっと自分たちの居場所に帰ってきたんだな、と実感してほっとする。二人はナップザックに入れた荷物の整理もそこそこに、自分の部屋に戻って、お互いにねぎらいの言葉をかけ、お互いの体を労わった。



その日の夜。二人は天井を見つめながら布団を並べて横になっていた。昨日までの冷たいテントとは違う、暖房が効いた暖かい寮。登山中は入ることができなかった熱いお風呂。新鮮な肉と野菜がふんだんに使われた食事。昨日までのシュラフよりも格段に暖かいふかふかの布団。二人は久しぶりに現代人の暮らしを満喫し、心地よい満足感と疲労感に浸っていた。

「登山、楽しかったね」
「うん、そうだね。雪がきらきらして、綺麗だったね」
「山、ずいぶん寒かったけど、ナナちゃん、風邪引いてない?」
「うん、大丈夫だよ、ありがと。」
「そっか、ならいいんだ。明日は一日おうちでのんびりしようね」
「うん、そうだね、疲れちゃったもんね」
「ねー」

他愛もない会話はすぐに終わり、ナナは夢の世界へと落ちていく。無防備に寝息を立てるナナの顔を見ながら、ポポは目を閉じて自問する。どうして自分たちはこんなに便利で暖かく、友人たちに囲まれた、とても恵まれた暮らしを手に入れていながら、何の利益もないのになぜ危険な雪山に挑むのかと。いくら考えたところで、答えが出るような疑問ではなかった。もうあんな危ないところにわざわざ行かないのではいいのではないかと思いつつも、その考えを心から否定することができない。もしかしたら僕もナナちゃんも、山に魅せられているのかもしれないな、と考え、苦笑する。そんな考えごともすぐに終わり、やがて彼も眠りに落ちるのだった。

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