駄目な僕の思い込み


夏の暑さの余韻が僅かに残る9月半ばの昼下がり。僕は寮の自室の窓からで一人ぼんやりと外を眺めていた。外には一面広がる草原と、抜けるような青い空。時々吹き付けてくる強い風が、わずかに汗ばんだ頬を冷やしてくれて、それがとても気持ちいい。静かな環境というのは、やっぱり気持ちが良い。今日も外の景色みたいに、平和なまま一日が終われば良いな……

「ねー……ぼうよー……」
「……ポポ……」
「……だから……でっ…………」

なんてことを考えた瞬間、静けさをやぶる誰かの言い争いが耳に入る。声が入り交ざって誰と誰が言い争ってるのかよくわからないけど、口げんかなんて疲れるだけなんだから、やめりゃいいのに……

「ポポ君、私と一緒にあそぼ、ね?」
「僕達とサッカーしようよー」
あー、子供達の言い争いか、珍しいな。えーと、話の輪の中心に居るのは、青い防寒着を着た男の子……ポポ君か。その両隣では、幼馴染のナナちゃんと、子供達の中ではリーダー的な存在であるネスが、ポポ君の服のすそを引っ張り合っている。いつも仲の良い彼らにしては、あまり友好的とはいえない雰囲気だな……止めに入ったほうがいいのかな?

……やめとくか。あまり大人が子供の社会にでしゃばるのは、子供達にとってあんまり良いことじゃないしね。ここはしばらくはみんなの自主性を信じて成り行きを見守って、誰かが別の誰かに手を出すようなことがあったらそのとき仲裁に割って入ればいいや。

……ん?突然ポポ君がナナちゃんに頭を下げ始めたぞ。何だ?

あ、あれ?さっきまでポポ君の横にぴったりくっついていたナナちゃんがポポのすそから手を離した。ポポ君は気まずそうに何度も頭を下げながら、ネスやリュカ、トゥーンリンクたちにつれられて、寮から離れていっちゃった……。んー、これはいったい……あ、わかった!ポポ君とどっちが遊ぶのかの所有権争いをしてたのか。で、ナナちゃんがその争いに敗れた、と。うーん、なんだか、気の毒だな……。

僕がそんなことを考えながらナナちゃんをじーっと眺めていると、彼女はその場にしばらく立ち尽くして――さびしそうにとぼとぼと寮の玄関へと向かっていった。

「ナナちゃん、今、ひま?よかったら一緒にお茶しない?」

思わずナナちゃんに声を掛けた。落ち込んでいる子供を助けるのは、大人の役目だからね。ナナちゃんは突然声をかけられてちょっと驚いたみたいだけど、すぐにこくりとうなずいて僕の部屋に来てくれた。部屋に入ってちょこんと座る彼女に、僕はよく冷えたアイスティーを差し出した。

「はい、どうぞ、これくらいしかないけど……」
「あ、はい、ありがとうございます」
「いーえ、どういたしまして」

二人で向かい合って、二人で同時にアイスティーをすする。残暑で若干乾いた体に、アイスティーが心地よく染み込んだ。

「おいしい……」
「そっか、よかった」
「……」
「……」

本来、僕も彼女もあんまり話好きなほうじゃない。話したいことも特に浮かばないので、それからしばらくは黙ってお茶に口をつけていた。でも、さすがにあまり長く沈黙が続くのは気まずいな。さて、どうやって何の話を切り出そうかな……

「あ、あの……」

意外にも彼女が先に口を開いた。無口な彼女にしては珍しいな。
「うん?なんだい?」
「さっきの、見てました?」
「さっきの?ああ、ポポ君の奪い合いのこと?まあ、見てたけど……」
「そっか……」

僅かに視線を落とすナナちゃん。もともと彼女はおとなしい子だけど、それ以上に元気がないのは、ポポが自分を選んでくれなかったことが辛いからなんだろうな。とりあえず、何か言ってあげないと……

「どうしたの?やっぱり、ポポ君と遊べなくてさみしい?」
「うん……」
「じゃあ、ナナちゃんもみんなと一緒に遊べばいいんじゃない?それじゃいやなの?」
「いやじゃないですけど……でも、たまには、ポポ君と、二人きりで遊びたい……最近、そういうことが全然なかったから」
「そっか……」

ナナちゃんはポポと遊べなかったのが寂しいのか、うつむいたままぽつぽつと話す。どうやって励ませばいいのかわからずにうなだれる彼女を見ていると、ナナちゃんは突然立ち上がった。

「ごめんなさい、私、帰ります……」
「あ、待った、それはだめ!」

今この子を一人にするのは、なんとなくまずい感じがして、彼女の腕を思わずつかんだ。ナナちゃんは困ったような顔をしてるけど、今は話すわけには行かない。

「あ、あの、離してください……痛いです」
「いや、ほら、君を一人にするとさ、なんか、また思いつめちゃいそうな感じがするからだからもう少しここにいてごらん、ね?僕と話すのが辛かったらなにも話さなくてもいいからさ」
「……わかりました」

彼女が思ったより素直に座ってくれたので、僕はほっとして彼女にお茶のおかわりを勧める。もし話がこじれてナナちゃんを泣かしたりしたら、ポポ君にどうされちゃうかわからないからね。

「よしよし、ナナちゃん、お茶もう一杯居る?」
「あ、はい、下さい……」

ふたたび僕らは向かい合って黙ってお茶をすする。今度はなんの話をどう切り出そうかあれこれ頭を回転させていると、再びナナちゃんのほうから口を開いた。今日はずいぶん積極的にしゃべるな。いつもこのくらい話してくれると、もうちょっとありがたいんだけど。いや、いい子だとは思うけどさ。

「あの……」
「ん?」
「なんで、ルイージさんは、私によくしてくれるんですか?」
「え?」

思わず間抜けな声が出た。なんでって、それは……可愛そうだからとはいえないし……

「むかし、私が周りの人となじめなくて、独りぼっちになってたときもよくお部屋でお茶に誘って声をくれたし、今も私に声かけてくれたから、なんでかなって、気になって……」

そういわれて思い出す。確かに、彼女がポポ君以外の人とうまく打ち解けられていなかったころ、僕はさみしそうに庭の花壇を眺めている彼女を誘ってはこうして二人でお茶をすすっていた。最近は彼女も周りの人たちと仲良くできるようになって、ほかの人たちと遊べるようになったみたいで、僕を頼ってくることはほとんどなくなったけど。

「ねえ、どうして、私のことを気に掛けてくれるんですか?私、それが不思議で……」

そうだ、質問に答えなきゃ。僕が彼女を特別気に掛ける理由……ねえ。ちょっと言うはばかられることなんだけど、まあ、これでナナちゃんが元気になるなら話してもいいか。

「あー、うん……しいて言うなら、君が昔の僕と似ているからかな?」
「え?似ている、ですか?」

彼女はきょとんとした顔で僕を見ている。僕はかまわず話を続ける。

「うん、僕はそう思うよ」
「……よく、わかりません。私、女だし」
「うーん、そういう話じゃなくて……あ、じゃあひとつ聞いてみようか。ナナちゃんは、自分のことが好きだって言える?自分のことに、自信がある?」
「え?えっと、あの、あんまりない、です……」
「どうしてな?」
「どうしてって……私、辛いことがあるとすぐ泣いちゃうし、人見知りするから、お友達もあんまりいないし、いやなことがあると、すぐに落ち込んで……それを直そうってがんばっても、それが辛くなると、また泣いちゃうし、このままじゃ、ポポ君に嫌われるんじゃないかって、私、怖くて……」
「そっか……」

ここまで聞いて確信した。やっぱり、彼女は昔の僕とそっくりだ。

「ポポ君は私と違って、いつも元気で、明るくて、やさしくて、みんなともすぐに仲良くなれて、それなのに、私……」
「僕だって、そうさ」
「え?」
ナナちゃんは頭の上にクエスチョンマークを掲げ、小首をかしげている。僕はゆっくりと口を開く。

「僕も昔、ナナちゃんが今言ったことと大体同じ事を考えていたんだ。まあ、僕の場合は対象が兄さんだったけど……兄さんは明るくて友達も多くて、いつも中心だったのに、僕はいつも兄さんの後を付いていくだけだったからね」
「え……?」
「おまけに夜のトイレも一人で行けないほどの怖がりで、優柔不断で人見知りで。こんなんじゃ兄さんに嫌われると思って無理に明るく振舞おうとしても、空回りして結局は兄さんに助けられてばっかりだったんだ」
「そうだったんですか……」
「完璧な兄さんと何をやってもだめな僕。それなのに兄さんはこんな僕にもずっと優しく接してくれて、その兄さんの優しさに余計に苦しめられたんだ。もしかしたら兄さんは、僕のことをかわいそうな人と見て、僕に同情して優しくしているだけなんじゃいないかって。そう考えると、とても辛かったし、そんなことを考えている自分が、いやでしょうがなかったんだ」

そこまで話して、ふうと一息つく。渇いたのどを潤そうとアイスティーに口をつけると、彼女はぼそっとつぶやいた。

「なんか、今の私と、同じかも……」
「でしょう?でもね、ある日ふと気づいちゃったんだ。それは僕の勝手な思い込みだったって事に」
「思い込み、ですか?」
「そう。実は、僕の兄さんは、ものすごいゴキブリが苦手でさ。ある日うちにゴキブリが出たとき、おびえてすごい勢いでトイレに隠れちゃったんだ。で、僕がそいつを退治して、『もういないから出てきてもいいよー』って呼びかけても、なかなか出てこなくて……で、最後にはなんかよくわかんないけど、ものすごい感謝されたんだ」
「はい……」
「で、そこで気づいたんだ。完璧な兄さん、なんてのは実在しない、僕のコンプレックスが勝手に作り出した、ニセモノの兄さんなんだって。だって、完璧な人間があんなちっちゃいゴキブリなんかを怖がるわけはないでしょ?」
「うん……」
「そのことを兄さんに話したら、兄さんは僕が苦しんでたことに気がつかなかったことを謝ってくれて、僕のいいところをいっぱいあげてくれて、何度も『お前は何もできないだめな人間じゃないし、オレだって完璧な人間じゃない。どっちも沢山のいいところとだめなところがある、ごく普通の人間なんだ。だから、オレに気後れなんてするな』って言い聞かせてくれたんだ。それを聞いたとき、なんだかとても楽になれた気がしたんだ。僕はこの人と一緒にいてもいいんだって感じがして。それから、兄さんには何のコンプレックスも感じずに建前抜きの本音が言えるようになったんだ」

この話を家族とごく親しい人以外の誰かにするのは、初めてかもしれない。自分の恥ずかしいところををさらすようでちょっと気が引けたけど、昔の僕と同じ苦しみを抱えている人が楽になれるのはうれしいからね。

「そうだったんだ……マリオさん、優しいですね。もっと怖い人だと思ってた」

「うん、そうだよ……って、そんな話じゃなくて、えーと……まあ、さ、なんていったらいいのか良くわからないけど、もし、君の心の中に『完璧なポポ君』と『何にもできないだめなナナちゃん』がいるなら、それは、取り壊したほうがいいと思う……どっちも、ニセモノなんだしさ。ナナちゃんにもポポ君にも、同じくらいだめなところといいところが沢山あると僕は思うし、自分を責めるのは、やめたほうがいいよ。僕も昔はそうしちゃってたけど、そんなことしても自分が苦しいだけで何もいいことなんてないからさ」
「……」
「それと、さっきナナちゃん、ポポ君のことをネス君たちに譲ってたみたいだけど……二人きりで遊んで欲しいなら、遊んでほしいって言うべきだと思う。ナナちゃんはそんなこと言ったらうっとおしがられて嫌われちゃうんじゃないかって心配しているかもしれないけど、僕はそんなこと絶対にないと思うよ?」
「……」
「嫌われちゃうかもって考えたら怖いかもしれないけど、きっと大丈夫だよ。ポポ君が君の事を嫌いになるなんて考えられない。いつも君と一緒に戦って、一緒にご飯を食べて、一緒に暮らして、一緒に寝ているポポ君が君を嫌いになるわけはないでしょう?僕だったら、好きでもない人と一緒に寝たりはしないから、だから、もっと今の自分を、胸張って……えぇっ?」

そこまで話して、彼女が泣いていることに気が付いて、なんだか変な声が出た。なんだ?僕、気がつかないうちになんか失言とかしてた?

「……っ」
「どうしたの?大丈夫?僕なんか、へんなこと行っちゃった?」
「……私、いままでずっとポポ君に迷惑かけ続けちゃってたのかなって……私、自分の理想のポポ君を勝手に押し付けちゃったのかも……」

やっぱり彼女は僕と似ている。昔の僕が今のナナちゃんの立場にいたとしても、やっぱりこうやって自分を責めてしまっていたと思う。大人になってある程度のずるさを身につけた今では、そんなこともなくなってしまったけど。

「ルイージさん、私、どうすればいいのかな……私、もう、わかんない……」
「うーん、僕は、ナナちゃんに非はないと思うけど……とりあえず、ポポ君を信じて、二人で遊びたいって伝えてみればいいんじゃないかな?君のほうから誘ったら、ポポ君も喜ぶと思うし、勇気を出していってみたらどうかな」
「……」
「大丈夫大丈夫、きっと受け入れてくれるよ。さっきも言ったけど、たまにつれないこともあるかもしれないけど、ポポ君はきっと君の事を一番に考えてる。心配ないと思うよ、ね?」

彼女は視線を落とす。いつもの煮え切らない態度だ。このあたりの優柔不断さも、昔の僕と同じだ。

「やっぱり、怖いかな……?」
「……うん、でも。やってみる」
「ん?」
「私、ポポ君にちゃんと自分の気持ちを話してみる」

そういうと彼女は顔を上げ、今日初めての笑顔を見せた。やっぱり子供には笑顔がよく似合うな。ま、子供に限った話じゃないけど。

「うん、それがいいよ、頑張ってね」
「うん……あ、お茶、ごちそうさまでした」
「どういたしまして。ほら、そんなことより、ポポ君の所へ行って来なさい、先延ばしにするとまた怖くなっちゃうから」
「あ、はい……でも、その前に」
「うん?」
「あ、あの……ありがとうございました、私、ルイージさんのおかげで何かすごく楽になれました」
「そりゃよかった、また何かあったら話においで」
「うん、ありがと、ルイージさん、失礼します」
「ばいばい、頑張ってね」
いつもうつむきがちな彼女は、何か吹っ切れたような顔で、少しだけ胸を張って部屋を後にした。なんだか僕がけしかけちゃったみたいになっちゃったけど、大丈夫かな……?








翌日。僕は昨日と変わらず自室の窓からで一人ぼんやりと外を眺めていた。さびしい話だけど、しがない配管工の独身男がすることなんて、これくらいしかない。

そういえば、昨日の話しはどうなったのかな。ポポ君もナナちゃんも、あの後何も言ってこなかったんだけど……なんてことをぼんやりと考えていると、コツコツと部屋のドアがノックされた。ドアを開けるとそこには昨日揉め事を起こしていた同じ子供軍団が立っていた。アイスクライマーの二人を除いて。

「どしたの?なんか用?」
ネスが口を開く。
「ルイージさん、ひま?暇だったら一緒に遊んでくれる?」
「ん、いいけど……あれ、ポポ達君はいないの?」
「なんか今日はずーっとナナちゃんと一緒に遊ぶんだって、つまんないの?」
「そっか、ならしょうがないね。じゃあ一緒に遊ぼうか」

僕は静かに彼女に祝福を贈った。よかったね、ナナちゃん。

Tweet


スマブラ小説トップに戻る

トップページに戻る